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2018年08月21日

そもそも「キャリア」とは

キャリア教育について理解していただく前に、

「キャリア」とは何か?

ということを確認しておかなくてはなりません。

実はこのキャリアという言葉は様々な場面で使われているため、大抵が大雑把なイメージで捉えられ使われていることが多いのです。
キャリアとは、一般に仕事・経歴・就職・出世などのイメージで使われることが多いです。

厚生労働省は、「『経歴』、『経験』、『発展』さらには、『関連した職務の連鎖』等と表現され、時間的持続性ないし継続性を持った概念」と定義しています。

文部科学省は、「人が、生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値自分と役割 との関係を見いだしていく連なり積み重ねと定義しています。



このイラストは「ライフ・キャリア・レインボー」と言います。

人は、人生においてさまざまな役割を演じます。

それはときに、同時に違う役割を担います。

私は、子どもから見たら「親」であり、親から見たら「子ども」です。「働く人」でもあり、友人と遊ぶときは「余暇人」でもあります。

キャリアとは、そういう役割を果たすことで、個人が生涯にわたって仕事や社会とどのように向き合い、どのようにかかわっていくのかということを言うのです。


一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育を「キャリア教育」と呼ぶのです。

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Posted by nori910 at 20:16Comments(0)

2018年08月14日

「自分でメシが食える大人」について再考

「自分でメシが食える大人」について、もう少し考えてみます。

中教審(中央教育審議会)の答申において、
◯「学校から社会・職業への移行」が円滑に行われていない。
「社会的・職業的自立」に向けて、様々な課題が見られる。
と指摘されています。

この「社会的・職業的自立」こそが、「自分でメシが食える」ことなのです。

高校を卒業する18歳までに、生涯にわたる多様なキャリア形成に共通して必要な能力や態度が身に付いていなければ、「自分でメシを食う」ことが難しくなります。

その能力について、文科省は2004年に「4領域8能力」を、2011年には、4つの「基礎的・汎用的能力」を示しました。

①人間関係形成・社会形成能力
②自己理解・自己管理能力
③課題対応能力
④キャリアプランニング能力


この4つの能力を、小学校から高校の各発達段階で、獲得することで、「自分でメシが食える」大人になるのです。

言い換えると、これらの能力を、小・中・高の12年間で、我が子に確実に身に付けさせることが、親や教師のつとめなのです。



具体的な例を1つ挙げます。

「『自分にはどんな能力や適性があり、どんな仕事に向いているか。』という職業を選択する力を身に付ける。」ことができる力を18歳のゴールとします。
その力を獲得するために、

小学校低学年 → 自分の好きなことや嫌いなことをはっきり言う。
小学校中学年 → 自分の良いところを見つける。
小学校高学年 → 自分の長所や欠点に気付き、自分らしさを発揮する。
中学校      → 自分の良さや個性が分かり、他者の良さや感情を理解し、尊重する。
高等学校    → 自己の職業的な能力・適正を理解し、それを受け入れて伸ばそうとする。


というように、その力をその時期に身に付けることで、18歳のゴールで獲得すべき力になるのです。

繰り返し言いますが、
「自分でメシが食える大人」とは、これらの「基礎的・汎用的能力」が確実に身に付いている大人なのです。

それを実現するのために、「キャリア教育」が大切です。

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Posted by nori910 at 19:30Comments(0)

2018年08月09日

何もしなければ、「自分でメシが食える大人」にはなりません!

このブログのタイトルに、「自分でメシが食える大人」と書きました。
これは花まる学習会の高濱氏がよく使っておられる言葉です。それを私なりに解釈したことを書きます。

「自分でメシが食える」というのは、箸が使えるとか、茶碗の持ち方とかではないことは分かると思います。
冗談はさておき、
「キャリア教育」という言葉を耳にされたことはありますか?
2006年の教育基本法の改定、2007年の学校教育法の改定により、キャリア教育の法的位置づけがなされました。

では、学校現場では、どう受け止められているでしょうか。

学校には「◯◯教育」というものがたくさん存在します。これは、社会や時代の要請を受け、文部科学省が学校に下ろしてきたものです。
例えば、「環境教育」「国際理解教育」「プログラミング教育」「がん教育」…etc
これら全てに「全体計画」と「指導計画」を整備するようになっています。

でも、実態には形だけなんです。

これだけ「◯◯教育」がたくさんある中、「キャリア教育」も並列に扱われているのが現状です。
しかし、「キャリア教育」は教育の目標の1つであり、学校教育の根幹の1つであると言っても過言ではありません。

学校は、子供たちに「キャリアを形成させ、学校から社会や職業への円滑な移行」をさせなくてはなりません。
そのために、幼児期から高等教育まで、発達の段階に応じて「キャリア発達」を促す教育をする必要があるのです。
「キャリア教育」=「職場体験」という狭い捉え方から脱却しないといけないのです。

さて、なぜ「キャリア教育」が必要かという話をします。

非正規雇用率 約38%
無業者      約63万人
3年以内の早期離職    高卒4割、短大卒4割、大卒3割

という現状です。

これは産業構造の変化もありますが、若者の「社会的・職業的自立に向けた課題」もあります。
具体的には、「職業観の未熟さ」「コミュニケーション能力の低下」などです。

ですから、しっかりとした「キャリア教育」を行わなければ、我が子を「自分でメシが食える」大人にすることができないのです。
ガリ勉をして「いい高校」「いい大学」に入れば、「いい会社」に入れて、「いい人生」を送れるという正解は過去の話です。
21世紀を生きる私たちの考え方を変えなければ、人生を豊かに過ごせなるどころか、メシを食うことすら危ぶまれます。



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Posted by nori910 at 11:33Comments(0)

2018年08月03日

学力テストの結果から思うこと

平成30年度の学力テスト(全国学力・学習状況調査)の結果が公表されました。
結果が出て、教育委員会や学校は一喜一憂していることと思います。

この学力テストの目的は何か、今一度確認してみましょう。

文部科学省は、次のように示しています。
①義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から、全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し、教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る。
②そのような取組を通じて、教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。
学校における児童生徒への教育指導の充実学習状況の改善等に役立てる。


平たく言うと、

「公立学校は全国どこでも同じ教育をせんとアカン。」
「だから、学力テストをやって、できること、でけへんことをはっきりさせなアカン。」
「でけへんことは、できるようにせなアカン。」
「今まで教育って、こんな見直す仕組みなかったから、それをちゃんと作らなアカン。」
「学校も、学力テストの結果を見て、授業をちゃんとやったり、勉強できる子にせなアカン。」


ということです。

ねらいは当たり前のことです。しかし結果が、都道府県別、政令市別に出され、順位まで付けられます。
ということは、

「おたくの県(市)は、ちゃんとやってんの?」

と言われているようなもんです。

今回の結果が出て、昨年より上昇している県(市)は、「教育政策に成果があった」となりますし、
下降している県(市)は、「改善の必要がある」となります。

そうなると、「学力テストに具体的な数値目標を設定、達成状況に応じて校長、教員のボーナス(勤勉手当)や学校に配分する予算額に反映させる制度の導入する」なんている自治体がでてくるわけです。

ようするに、「テストの結果を上げたら、ボーナスたくさんあげるよ~。」ってことですね。
果たして、それで、「よっしゃ!やったるで!」ってなるでしょうかね。
現場を知らない行政の発想ですね。こんな政策はモチベーションを下げるだけなんですけどね。

文科省も、「過度な競争を招くおそれがある」と懸念を示していますが、もともと競争を煽るような結果公表をしているのは誰でしょうか。



さて、「学力に課題がある」とされた県(市)はどうするか?

①県(市)教委がデータを分析し、課題を明らかにし、学校に改善を求める。
②学校に「改善に対する数値目標を示さ」示させる。
③授業力改善のための「教員研修講座」を開く。
④指導主事が学校を訪問し、「学力向上の取組」をしているかチェックする。
⑤校長や教頭が、学校内で常に「学力向上」を唱える。


こういうことを繰り返し、学校や教員は疲弊していくのです。

文科省が「学力テストの結果は学力の一部」と言っているように、学力テストは、「知識・技能」をはかっているに過ぎません。
いわゆる「情報処理力」です。

これからの社会を生き抜く子供たちに必要な力は、【情報編集力】なのです。


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Posted by nori910 at 10:46Comments(0)

2018年07月11日

子供たちにどんな力が必要か、今一度、問う!

お久しぶりです。しばらくブログの更新を辞めていました。
それには理由があります。私は公立学校教員を3月で早期退職し、「子供と地域をツナグ学びの場」を創ろうと動き出しています。

そのためには、地域で活動されている方々の取組を拝見させていただいたり、お手伝いさせていただいたりしました。
その中で感じたことは、学力定着の問題です。

「テストの点数が低いから、できれば平均点を取らせたい。」
「何とか公立高校に合格させたい。」

親も、塾の先生も、そのように考えるのは至極当たり前のことです。
それ自体を否定するつもりはありません。

「勉強する場を提供することで、少しでも勉強するだろう。」
「自分から勉強するようになれば、学力が伸びるだろう。」

これも間違いではありません。
やらないからできない。できないから更にやらない。
この負の連鎖が生まれていることは事実です。

ここで話題にしているのは、下の図の【情報処理力】の話です。
学校で言うところの「知識・技能」「基礎・基本」のことです。



しかし、これからの社会を生き抜く子供たちに必要なのは、【情報編集力】なのです。
ブログでこれまでも書いてきましたら、今一度整理していきたいと思います。

私は現職時代から、「花まる学習会」の高濱正伸氏や「よのなか科」の藤原和博氏に学びました。
そこで、これからの子供たちに本当に大切な力を付ける学びを提供したく公立学校を飛び出しました。

学校内でも、藤原氏の考え方は浸透していませんでした。(それにガッカリしたのも辞めた理由の一つです。)
学校を辞めて感じたのは、情報処理力がこれからの社会に必要なスキルであることが、社会にもあまり認知されていないことです。

これには危機感を感じています。2020年から小学校で実施される学習指導要領には、「学びの質」のパラダイムシフトが起きていることをもっと知ってもらわなくてはなりません。

そうでないと、
「お子さんが大学受験をするときに困ります。」
「社会を生き抜く力を身に付けないと、メシが食えません。」
「そもそも、なりたい仕事に就けないかもしれません。」


高濱先生や藤原先生から学んだことを、このブログを通して、広く知ってもらいたいと思います。


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Posted by nori910 at 16:42Comments(0)

2018年05月23日

【運動会の組体操って、必要?不要?】 ~子供たちと考えたい「正解のない問題」~

一部の地域では「春の運動会」のシーズンです。
運動会の種目で、ここ数年話題になっているのが、「組体操」です。



組体操によるケガが年間8000件を超えており、重大事故も起きています。

それにより、組体操を止めた学校もあります。

しかし、「クラスの団結のため」「伝統だから」ということで、安全面に配慮して継続している学校もあります。

『ケガをするからやらない』
というのであれば、他の学習にも同様の考え方をしなくてはならないと思います。

『団結のため』
ならば、他の手段もあるのではないかと思います。

これらの議論は、職員会議やPTA役員会では行われていることでしょう。

しかし、主役は子供たちです。
子供たちはどう思っているでしょう?

運動会の種目に、『組体操は必要?不要?』

これもまた、正解のない問題です。
ぜひ、子供たちと大人で議論してみたいです。  


Posted by nori910 at 17:43Comments(0)

2018年05月13日

子供たちと考えたい「正解のない問題」 【増え続けるペットボトルのごみ】

私達が日頃大量に消費しているペットボトル
リサイクルされ、別のプラスチック製品や繊維に生まれ変わり、再利用されていることは知っていました。



しかし、その再生過程がどのようになっているかは、恥ずかしながら全く知りませんでした。
先日のNHKクローズアップ現代+「ペットボトルごみがついに限界!」を見て驚きました。



日本のペットボトルごみの多くは中国に輸出されており、中国では、そのペットボトルごみが飽和状態で、輸入禁止をしたとのこと。
これから日本のペットボトルごみはどこで処理をすればいいか問題になっているらしいのです。



この問題に正解はありません。子供たちに考えさせる、納得解を導き出すいい題材です。

ペットボトルごみのリサイクル、君ならどうする?

まずは、ペットボトルごみの現状を知ってもらいます。
つぎに、どのような解決方法があるか、自分の考えを出します。

「中国以外の国で受け入れてもらう」
「国内でリサイクルできるようにする」
「ペットボトル製品を減らす」   などなど

そして、出てきた考えのメリット、デメリットなどをグループで話し合います。
できれば、これから自分たちができる行動をまとめます。

このようなワークショップを通して、子供たちの思考力・判断力・表現力を高めることが、これからの子供たちには必要なのです。
  


Posted by nori910 at 20:00Comments(0)

2018年05月08日

道徳が教科化されるホントの理由は・・・

今年度から小学校で「道徳」が教科になりました。
先日、NHKのクローズアップ現代+で、「道徳が教科化に。戸惑う先生・子ども」という内容を取り上げていました。



番組では「道徳的な価値をどう教えるか。」ということが中心となっていましたが、少し違和感を感じました。
学校で道徳の授業が行われたのは昭和33年の学習指導要領からなのです。
そうです!学校で「道徳」の授業は60年近く行われてきたのです。

ですから、「価値をどう教える」という議論が今初めて出てきているように取り上げられるのはおかしいのです。
さらに、「道徳の教科化」と聞いて、「今年から道徳の授業が始まった。」と誤解を受けている話も聞きます。

なぜ、このようなことが起きているのでしょうか。

道徳の教科化の理由として、国は「『大津市のいじめ問題』を発端に、道徳教育の充実を図るため」としています。これも間違っていませんが、本当の理由は、「正式な教科にしないと、先生がちゃんと道徳の授業をしないから」だと、私は考えます。

道徳の時間が違う学習などに振り替えられているのが現状でした。
「道徳の時間に席替えをした。」「時間割に道徳と書いてあるけど、算数のドリルをやった。」
ということが日常化し、道徳の学習が形骸化していた学校もあったと思います。

そこで、道徳を教科にし、年間35時間しっかり授業を行うようにしたのです。

では、教科になり、変わったことは何で、変わらないことは何でしょうか。

《変わったこと》
  ◯検定の教科書を使用すること。
  ◯評価をすること。
  ◯「考え、議論する」授業を行うこと。
《変わらないこと》
  ◯年間35時間行うこと。
  ◯文科省が定めた価値項目について考えること。

大切なことは、「考え、議論する道徳」への変換なのです。
今までは、資料に出てくる登場人物の心情を追い、一定の価値に導いていく授業が主流でした。
これからは、資料から早めに離れ、「自分ならどうする」「自分ならどう考える」と主体的に考えたり、「友達はこう考えているのか」「どう判断するのが正しいのだろう」と多様性を認めたり、議論したりする授業へ変わっていくのです。
ここにこそ、授業をつくる先生の悩みが出てくるのです。
テレビで取り上げるなら、「どうすれば、議論が生まれる授業がつくれるか」というテーマにしてほしかったです。

さて、同じNHKの番組で「ココロ部」という道徳の番組があります。
この番組では、毎回、葛藤するテーマを取り上げ、「あなたならどうする?」と考えさせられます。
そこには正解がありません。自分で考え、友達を議論をし、納得解を導くのです。

【誰を先に乗せるか】という回では、「山道で困っている5人のうち、車に乗せる3人をどう選ぶか」という問題を考えます。



このような「正解が1つでない問題」を子供たちに考えさせるのは、道徳的判断力を付けることにつながります。
できれば、子供だけでなく、大人や違う立場の人を交えて議論する場が創れたらいいと、私は思います。

番組の動画は↓のURLからご覧ください。
http://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005380009_00000&p=box  


Posted by nori910 at 17:49Comments(0)

2018年04月28日

地域には素晴らしい大人がいる!



地域には子どもの教育に関心のある大人がいます。
また、さまざまな知識、技能や特技をもっている大人がいます。

「子どもたちに手芸を教えたい。」「子どもたちに将棋を教えたい。」
という年配の方もいらっしゃると思います。

「プログラミングを教えられます。」「英会話を教えられます。」
といった学校教育につながる技能をもった方もいらっしゃると思います。

「勉強を教えてあげる。」
という高校生や大学生もいらっしゃるのではないでしょうか。

「読み聞かせを聞かせられる。」「落語を聞かせられる。」
という方がいらっしゃったらいいですね。

そういった大人と、地域の子どもをつなげていくことで、
地域の教育力も蘇っていきます。
また、子どもたちに「生きる力」を育むことができます。

「こういうことを教えられる。」「子どもと一緒にこういうことをやってみたい。」
ということを、おもちの方はいらっしゃいませんか?
  


Posted by nori910 at 15:16Comments(0)

2018年04月23日

子どもは地域の宝~地域で子どもを育てる仕組み創り~

子どもは地域の宝です。

地域の宝である子どもたちと、地域の未来のため
地域全体で学び合い支え合う仕組みづくりとして
「学校と地域でつくる学びの未来」というプロジェクトを
文部科学省と厚生労働省で推進しています。



ふた昔前
子どもたちは近所の大人たちに守られ、叱られ、褒められ
地域の中で育っていきました。

商店街ぐるみで地域の子を知っていたり
子どもが集う駄菓子屋のおばちゃんがいたりしました。

子供会も活発に活動し、イベントもたくさんありました。

私は団地に住んでいましたが、母は同じ団地に住む子のことをよく知っていました。

いつの間にか、そういう関係が希薄になり
地域の教育力も低下してきました。

2020年から実施される新しい学習指導要領では、
「社会に開かれた教育課程」の実現に向け
「どのような子どもを、どのように育てていくか」
という目標を地域と共有し、協働して学校経営を進めていくことになります。

また、自治体では『コミュニティ・スクール』の実現に向け、取組が進められています。

これからは
「いかに地域の教育力の蘇らせるか」
ということが鍵になってくると思います。

そこで、私は
「子どもと地域をつなぐ場&仕組み」
地元である千里ニュータウンで創っていきたいと考えています。

地域の人たちは「地域の宝」である子どもたちとの関わりをもちたいと思っています。
しかし、その手段がなかなか見つかりません。

一方、子どもたちも地域の大人たちから、学校では学べない「よのなか」のことを学び機会が必要だと思います。

千里ニュータウンに住む「地域の人たち」と「子ども」をつなぐことが私の目標です。
  


Posted by nori910 at 13:26Comments(0)